なぜ小説は縦書きなのか考える
縦書きが楽しい
システム手帳を使いはじめてから、さまざまなリフィルを揃えた。週間スケジュール、方眼、横罫線、縦罫線、チェックリストなど。無地も買ったが、今の自分にはフォーマットが決まっているほうが使いやすい。
縦罫線のリフィルは「せっかくだから縦書きでもしてみよう」と思って購入したものだ。縦書きで文字を書くなんて、いったい何年ぶりだろう。実際に書いてみると、日本語の美しさが際立つフォーマットであることに気づいた。一つひとつの文字が浮き上がり、より美しく書こうという意欲も湧いてくる。
縦罫線リフィル
漢字は上下方向に情報量が詰まっており、縦に並べると形のバランスが整いやすい。さらに、ひらがなの「わ」や「れ」の縦棒は、思ったよりも左寄りに書いた方が文字全体が整う。これは横書きだけをしていると見落としがちな発見だろう。
筆の運びを考えても、英語が横方向に滑らかに書くのに適しているのに対し、日本語は縦方向の筆致にこそ合っているのだと実感できた。
横書きは「情報処理」に適している
横書きの文章のほうが情報を素早く取得できると感じる。人間の視野や眼球は左右方向に強く発達しており、視線を横に移動させやすい。そのため横書きは「固まりで情報を把握する」ことに適している。複数の行を「視界に収めつつ読む」感覚が強く、文章をデータのように処理するイメージがある。Webページ、マニュアル、論文などで横書きが多いのは合理的といえるだろう。
縦書きは「精読」に適している
一方の縦書きは、縦方向の視線移動が横より遅く、視野も狭まる。また、視線の上下運動は横移動に比べて負荷が大きいため、速度よりも「丁寧に読むこと」を前提に設計されているのではないか。その結果、文章を流し読みしにくく、一字一句を追いやすい。結果的に「物語に没入する」読書体験が促進される。「速読」よりも「精読」に適したレイアウトといえるだろう。
そんな根拠の薄いことを堂々と書きたくなるくらい、「縦書き」には思考を深め、さらに書きたいと思わせる中毒性があった。
最近のお気に入り万年筆
セーラー万年筆 TUZU が最近のお気に入りだ。ペンの太さやインクフローのちょうどよさ(ヌルヌルの一歩手前の感覚)が心地よい。ペン先回転機能があり、グリップを自分の書きやすい位置に調整できるらしいが、買ったままの状態でも十分に満足している。